「日記の功罪」

皆さんの中に日記をつけている方、いませんか?

筆者は三日坊主でまるっきる続いた試しがありません。

友人には何十年も日記を書き続けているという方がいます。

「よく続くねぇ?」

と言ったところ、「日記を書かないと気持ち悪い。一日が終わった気がしない」という返答でした。

そういうものなんでしょうか?

ところで皆さんは「セルフ・カウンセリング」という手法をご存じでしょうか?

書籍もたくさん出版されていますね。

このコトバから真っ先にイメージすることは「自分のこころの病や迷いは自分自身で治せるんだ!」ということではないでしょうか?

もしそれが可能であったら魅力的ですよねぇ。

筆者も多少なりとも学んでみました。

結論としては、どの書籍も「日記を書け!」と言っているように理解しました。

難題といってもいいような質問があって、あとは空欄。

曰く・・・

「10年後の自分をイメージせよ」 「あなたの最大の長所は何か?」 「一番辛かった経験を詳細に書け」

つまり読み物ではなく「問題集的日記帳」なんですなぁ。 なんだかひどく失望しました。

「これがスラスラと書けるのなら、そもそもこころは健全だし、カウンセリングは不要!」 だと思ったからです。

では日記の功罪とは何か?

まず良い点を上げてみましょう。

わかりやすく言えば「誰にも識られること無く自分の心情を吐露できる場所」。 フロイト的にいえば「潜在意識レベルの悩みや課題を顕在意識に引っ張り出す」ということでしょうか。

書き記すことですっきりするのであればそれもOKですね。

ただし、表もあれば裏もある(笑)。

こころの持つ重要な能力のひとつに「忘れ去るチカラ」もあるんですね。

誰にも言わず、日記にも書かず、特に毎日思い出しもしない。

それでも日常を走れるのなら、この「忘れるチカラ」が作用しますって。

後で振り返ったとき、「あぁ。そういえばそんなことで立ち止まって悩んだこともあったなぁ・・」 と思える時がきます。

でもこれを日記に書いたら・・・。

書くという行為は皆さんが思っているより強靱なチカラを持ちます。

まず曖昧な思いをきちんと「コトバ」に置き換えている。 普通は脈絡のある文章に仕立て上げる。

加えて。

読み返せる! これは「視覚」からの入り口を開けることになります。つまりVisual。

声に出して読み返したら、これに「聴覚」が加わる。

これはもう強力でっせぇ(笑)。

日記を続けている方、これから始めようか?という方、全く興味が無い方。

それぞれがOKです。

ただし、こういう功罪があることも覚えておいてくださいね。

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